2018年2月19日 (月)

礼拝って、どんなことをしているの?

2018年2月18日(日)の聖餐式の模様です。

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説教:牧師(司祭)が聖書の言葉の解き明かしを語ります。

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陪餐:カトリック教会では「聖体拝領」と言います。信徒は、お祈りされたパンとぶどう酒を牧師(司祭)から授かります。

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祝福:牧師(司祭)からの祝福の祈りをもって礼拝を終わります。

2018年2月15日 (木)

大斎節(四旬節/レント)に入りました

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 2月14日(水)に4月1日(日)復活日(イースター)までの準備期間である大斎節(四旬節/レント)に入りました。当教会では同日10時半から大斎始日聖餐式。19時から大斎始日夕の礼拝・懺悔の式をそれぞれ執り行ないました。参加された方々の額に灰のしるしを付け、大斎節のスタートを共に祈りました。

2018年2月 1日 (木)

教会便り2月号

現代の荒野

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

毎年2月14日はバレンタインデーですが、今年の教会の暦では大斎始日となりました。「大斎節(四旬節/レント)」とは、復活日(イースター)までの日曜日を除く40日間、心の準備期間として守られます。また大斎節でもう一つ覚えなければならないことは、新約聖書マタイによる福音書第4章に記されているイエスの荒野の誘惑です。「荒野」とは広い砂漠を意味しますが、聖書の荒野はサラサラな砂がある「砂漠」ではなく、地面に水分がないカラカラの状態で雑草すら生えない環境のことです。辺りにあるのは岩ばかりで言わば「何もない世界」です。

何もない世界

 イエスはこの荒野で40日間断食されながら、悪魔から誘惑を受けられました。悪魔は断食しているイエスに対して「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」と誘惑します。イエスは神様の力を持っているのですから、腹が空けば石でもパンに変えられる力はあったはずです。まして「何もない世界」である荒野で飢えを覚えているのですから、自分以外に救いはないはずです。しかし、そうされなかった。なぜでしょうか。その答えが「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」(マタイ3章4節)という言葉です。腹が減って動けず、誰も助けてくれず、自分で自分を救えない。この人間の限界を神の子イエスは経験されたのです。この限界の中でもイエスは自分のために神様の力は使わず「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」と語られました。つまり、八方ふさがりになった時こそ神様に頼ることを選ばれたのです。

人間の限界

人間は「何もない世界」では自分を救うことは出来ません。これが人間の限界です。しかし、この限界の時にこそイエスの荒野の経験を通して人間の苦しみを知った神様が私たちを必ず助けてくれるのです。

 今の生活の安定。将来の不安。また自分の不安を共感してもらえないことなど。この世は荒野ばかりです。この荒野を一人で乗り切るのは不可能です。そんな時、私たちは孤独になり心が渇ききってしまうのですが、神様は私たちの不安を理解してくださっているのです。自分自身ではなく神様に頼りながら生きる。この生き方によって、私たちの心は神様によって潤い、現代の荒野を乗り切ることが出来るのです。この想いを胸に大斎節を過ごしてゆきましょう。

2018年1月30日 (火)

2月の礼拝・行事予定

4日(日)10:30 顕現後第5主日

11日(日)10:30 大斎節前主日

14日(水)10:30 初めての方向け聖餐式

(大斎始日)

      19:00 大斎始日懺悔の式・夕の礼拝

18日(日)10:30 大斎節第1主日

25日(日)10:30 大斎節第2主日

礼拝後:受聖餐者総会

28日(水)19:00 初めての方向け聖餐式

(使徒聖マッテヤ記念)

2018年1月20日 (土)

阪神大震災記念礼拝

Photo_2 去る1月17日(水)に神戸市にある神戸聖ヨハネ教会で阪神大震災記念礼拝が執り行われました。神戸教区内なから約60名の方々が参加され、震災で亡くなられた方々の魂の平安と今なお心に傷を負っている方々のために祈りをささげました。礼拝では当時大学生だった信徒の方の被災体験を聞き、当時の現状を知ることが出来ました。

阪神大震災から23年が経ちましたが、今なお心に傷を負った方々のためにお祈りください。


2018年1月19日 (金)

山陰伝道区会合同礼拝

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 1月14日(日)に山陰伝道区合同礼拝が松江基督教会で行われ、伝道区内から約40名の方々が参加されました。当教会からは4名が参加。礼拝後には、山陰伝道区会が行われ2018年の山陰伝道区の働きについて話し合われました。

 2018年の山陰伝道区の働きを覚えてお祈りください。


2018年1月 4日 (木)

教会便り1月号

新しい年・新しい自分

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 新年を迎えると「今年の目標は?」という質問をすること、されることがあると思います。新しい1年の始まりに「今年こそは!」と、新たな自分になろうとする姿勢なのかもしれません。しかし、私たちは新しい自分になろうとしても「○○であるべきだ」という「常識」にとらわれてしまい、結局新しい自分に変わることが出来ないこともあります。「常識」は秩序を保つために守られますが、常識にとらわれすぎてしまうと新しい自分を見失ってしまう、これでは何も変えることができません。

キリストが生まれた理由

 新約聖書のクリスマス物語で、出産間近のマリアには、安全に子どもを産める場所がありませんでした。「宿屋には、彼らの泊まる場所がなかったから」(ルカ2:7)です。そして、マリアとヨセフがたどり着いたのが馬小屋でした。しかしマリアにとって、この出産するのに不適切な場所が「今」安心できる場所となったのです。このマリアの判断こそ、神様が「今」というタイミングでマリアを導かれるきっかけとなったのです。その結果、この世界に新しい王イエスが馬小屋で産声あげました。そして成人したイエスは、昔から続く神様からユダヤ人に与えられた「律法」に固執された世界で、神様からの新しい教えを語られました。それは、昔から続いた「律法」をなくすためではなく、「完成」するためだったのです。つまり「古き良き伝統」であった秩序が、「新しいもの」に生まれ変わることで神様と人間が一緒に喜び合えるようになる、そのためにイエスは、この世界にお生まれになったのです。しかし当時の人々にとって、イエスの判断はすべて非常識でした。だから、最後は妬みによって十字架に付けられたのです。

常識にとらわれない神

私たちの世界は、神様の目から見れば不完全な世界です。今のままでは、神様と人間が一緒に喜び合える世界「神の国」は完成しません。しかし、私たちは完全な世界へと向かうことが出来ます。それが常識にとらわれることなく、人々が喜ぶことを「今」考え、行なうことなのです。マリアたちの非常識な判断によって、人々を苦しみから解き放つ、キリストという新しい王がお生まれになり、神の国が近づきました。そしてイエスも、当時は「非常識」と思われていた考え方や行動によって、人々を苦しみや悲しみから解放されました。これらはマリアとイエスの「今」の判断が神様によって導かれた結果なのです。

常識や経験にとらわれることなく、神様の時を感じることで新しい自分へと変われるように2018年を歩んでいきましょう。

 

あけましておめでとうございます。

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 当教会では1月1日に元旦礼拝(主イエス命名の日聖餐式)をおささげいたしました。礼拝後には、みんなでワインとぶどうジュースで乾杯!プチ新年会で交わりの時をもちました。

2018年が皆様にとって素晴らしい1年となりますように、お祈りいたします。


2017年12月29日 (金)

2018年1月の礼拝・行事予定

1日(月)10:30 主イエス命名の日聖餐式

7日(日)10:30  主イエス洗礼の日聖餐式

(顕現後第1主日)

10日(水)10:30 初めて方向け聖餐式

(顕現記念)

11日(木)11:00 広報部会(岡山)

12日(金)18:00 事務所会議(神戸)

14日(日)10:30 山陰伝道区合同礼拝(松江)

10:30 顕現後第2主日 み言葉の礼拝

13:00 山陰伝道区会(松江)

17日(水)10:30 阪神大震災記念礼拝(神戸)

      12:30 教区防災講演会(神戸)

1日(日)10:30 顕現後第3主日聖餐式

24日(水)19:00 初めての方向け聖餐式

(使徒聖パウロ回心記念)

28日(日) 10:30 顕現節第4主日聖餐式

 

2017年12月26日 (火)

クリスマス礼拝

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 12月24日(日)、当教会では一足早くイエス・キリストの誕生をお祝いするクリスマス礼拝をおささげ致しました。保育園の職員や地域の方々など約40名が参加し、クリスマスをお祝いすることが出来ました。

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