2017年4月30日 (日)

5月の行事・礼拝予定

1日(月)19:00 使徒聖ピリポ・使徒聖ヤコブ日

         (聖餐式)

7日(日)10:30 復活後第4主日

         (聖餐式)

                礼拝後:川本町へ遠足

13日(土)10:00 広島平和礼拝実行委員会

14日(日)10:30 復活後第5主日

           (み言葉の礼拝)

16日(火)19:00 昇天記念聖餐式

17日(水)10:30 山陰伝道区会計担当者会

                           (米子)

20日(土)11:00 浪花司祭・井原由紀姉

           聖婚式(神戸)

21日(日)10:30 復活後第6主日

                           (み言葉の礼拝)

23日(火)~24日(水)神戸教区婦人会大会(神戸)

28日(日)10:30 昇天後主日

                           (聖餐式)

 礼拝後:定例教会委員会

2017年4月17日 (月)

祝!イースター!!

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 去る4月16日にイースター(復活日)の聖餐式が、浪花朋久司祭司式のもと執り行われました。当日は、保育園の関係者を教会に来られ約40名でイエス・キリストのご復活のお祝いのお祈りをおささげすることが出来ました。また、礼拝後には教会ロビーで復活日の祝会を開き、交わりの時を持つことが出来ました。
 
またイースター前の木曜には、最後の晩餐を記念する聖木曜日の聖餐式。金曜日にはイエス様の十字架を覚える聖金曜日の礼拝がそれぞれささげられました。
 
 ※イースター(復活日)とは、イエス・キリストが十字架にかかって死に、3日後に復活したことを記念する礼拝です。


2017年4月 3日 (月)

イースターのご案内

新約聖書でイエス・キリストの生涯について記されている『福音書』という書物には、イエス・キリストが十字架の死から3日後に復活したことが記されています。

キリスト教で「復活(イースター)」とは、人間の苦しみ(十字架)がキリストの復活によって解放されて、新しい人生を歩むことができる。つまり、キリストの復活によって、私たちが生まれ変わる(Reborn)ことが出来ることを意味しています。

すべてのキリスト教は、キリストの復活を覚えて復活日のお祝いを致します。浜田キリスト教会でも下記のとおり礼拝を行います。皆様とご一緒できれば幸いです。


 

☆4月13日(木) 午後7時

聖木曜日聖餐式(ミサ)

※最後の晩餐を記念する礼拝です。

司式:司祭 セバスチャン 浪花朋久

 

☆4月14日(金)昼12時から

聖金曜日礼拝

※キリストが十字架に付けられたことを覚える礼拝です。

司式・説教:司祭 セバスチャン 浪花朋久

 

  ☆4月16日(日)復活日 聖餐式(ミサ)午前10時30分から

司式・説教:司祭 セバスチャン 浪花朋久

*礼拝後、教会ロビーで祝会を行います。

    どうぞ、ご参加ください。

2017年4月 1日 (土)

教会便り 4月号

過去・現在・未来

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

先日、ある方がこんなことを仰っていました。「自分の評価というのは、過去に自分が行ったことが『ある時』に必ず現われます。私たちは『その時』を受け止めながら人生を歩まなければならないのです。」過去の自分の言動が、どこかの時点の「今」に自分に現われ、それを受け入れられるか否かによって自分の未来が変わっていくのかもしれません。いわゆる「人生のターニングポイント」です。

塩の柱

旧約聖書『創世記』に「ソドムとゴモラ」という物語があります。ソドムとゴモラという街に住む人々は皆、神様のことを信じないで神様が嫌うことを善いことと思い生活していました。そこで神様は、ソドムとゴモラを滅ぼすことを決意されるのですが、神様のことを信じていたロトという人物の一家だけを助けるために「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。さもないと滅びることになる。」(創世記1917節)と助言し、ロトと妻、そして二人の娘をソドムの街から脱出させます。そして、ソドムの街が天から降ってきた硫黄の火によって滅ぼされます。その時、ロトの妻は神様の言いつけを無視して後ろを振り返ってしまい、塩の柱となってしまったのです。

「振り返る」とは、過去に縛られていることを意味しています。過去、自分が一番輝いていた時代のことを思い出して、談笑することはとても良いことですが、過去の輝きばかりに心奪われてしまい、未来へ進むことが出来ない時。あるいは過去の自分を今へと変化することが出来なくなってしまう時、私たちに待っているのは滅びなのかもしれません。それは、私たち人間が一秒たりとも過去に戻ること出来ないからです。そして、過去の自分の評価が「ある時」自分を襲います。この評価を受け止められるか、という問題に人間は必ずさしかかるのです。

神様の時

しかし、自分の過去の失敗を喜びに変えられる方法が一つだけあります。それがキリストの復活を信じることです。2000年前に死に、3日目に復活したキリストは、時空を超えて、私たちの過去の失敗や欠点を十字架に背負ってくださり、そして、その辛さを死によって討ち滅ぼし、復活されました。この復活の奇跡を信じることで、私たちは新しい人生、新しい自分として再び人生を歩き出すことが出来るのです。つまり、老若男女問わず、誰にでも起こる人生のターニングポイントこそキリストと出会うこと最大のチャンスなのです。そして、私たちは過去の自分に振り返らないで、未来を見つめながら歩むことが出来るようになるのです。過去の呪縛から解放されること。これこそが復活なのです。

2017年3月29日 (水)

4月の礼拝・行事予定

1日(土)    中高生大会準備会(兵庫県佐用町)

日(日)10:30 大斎節第5主日 聖餐式 

日(日)10:30 復活前主日 み言葉の礼拝

13日(木)19:00 聖木曜日 聖餐式

14日(金)12:00 聖金曜日礼拝

16日(日)10:30 復活日 聖餐式

23日(日)10:30 復活後第2主日 聖餐式

25日(火)19:00 福音記者使徒聖マルコ日 聖餐式

30日(日)10:30 復活後第3主日 聖餐式

第2日曜日は、浪花司祭が松江で主日礼拝奉仕のため、当教会の礼拝は、信徒の皆さんでおささげします

2017年3月28日 (火)

聖職按手式

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 3月25日(土)に神戸聖ミカエル大聖堂にて司祭・執事按手式が執り行われ当教会の浪花朋久執事と松蔭中学高校チャプレンの坪井智執事がそれぞれ司祭に。当教会出身で、現在広島復活教会で勤務する遠藤洋介聖職候補生が執事にそれぞれ按手されました。また、同日付で浪花司祭が浜田基督教会の副牧師に任命されました。
 

翌26日の主日礼拝では、浪花新司祭による聖餐式が執り行われました。これからの新しい聖職たちの歩みの上にお祈りください。


2017年3月13日 (月)

広瀬キリスト教会聖別式

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3月12日(日)に島根県安来市広瀬にある広瀬キリスト教会の新礼拝堂聖別式が山陰伝道区合同礼拝として中村豊主教司式のもと執り行われ、約70名の方々が参加されました。浜田キリスト教会からは5名が参加。

広瀬キリスト教会は、1892年(明治25年)にバックストン司祭をはじめ多くの聖職者たちによって130年間で約180人の信徒が誕生し、全国へと巣立っていきました。しかし、礼拝堂の老朽化が進みこの度、新礼拝堂を建築するまでに至りました。そして、多くの人に気安く訪ねていただける開かれた教会として「心が和む、絵のある教会」を目指して、新しい一歩を歩み始めました。

2017年3月 8日 (水)

日本聖公会とは

  浜田キリスト教会が所属する「日本聖公会」とは、イギリスの国教会(国家が所属する教会)のキリスト教の日本語名です。「イギリスの教会」と言っても、日本ではイギリスから独立した教会です。そのため日本での名称を「日本聖公会(にほんせいこうかい)」と呼んでいます。
 聖公会は、カトリックとプロテスタントと中間の教会です。礼拝の形はカトリックに近いものがありますが、教会の責任者のことをプロテスタントと同じく「牧師」と呼びます。

 礼拝は「祈祷書」という礼拝で読む本(教会では「式文」と呼びます)を用いて礼拝をしますので、誰でも一緒に、そして気軽に祈りの言葉を唱えることができ、どんな人でも礼拝に参加できることが一つの特徴です。

2017年2月28日 (火)

教会便り 3月号

黙っていない神

 執事 セバスチャン 浪花朋久

3月1日(水)の大斎始日から大斎節が始まります。大斎節とは、もともと復活日に洗礼を受ける人々の準備期間でした。しかし、ある時代から全てのキリスト者がイエスの荒野の誘惑と十字架を覚えて、復活日までを準備する期間となりました。

沈黙

『沈黙-サイレンス-』という映画が全国で上映されています。原作はカトリック信徒である遠藤周作の『沈黙』です。この物語は、江戸時代初期にフェレイラ神父が日本での宣教活動中に幕府に捕まり棄教(ききょう)したという知らせを聞いた主人公ロドリコ神父がフェレイラ神父を探すと共に、日本の宣教活動を行うために来日する、というものです。しかし、ロドリコが日本で見たものは、キリシタン弾圧下で信仰を守るがゆえに拷問にかけられる人々でした。そして、ロドリコも幕府に捕まり、苦しみの中にある人々が自分の目の前いるにもかかわらず、どうして神様は沈黙しているのか、と祈るのでした。

私たちは、苦しみに合った時にその原因を探ろうとします。「なぜ、自分がこんなに苦しまなければならないのか」と思い、自分を苦しみに追いやった人物や事柄を憎みます。また「自分は神様を信じているのに、どうして苦しみが与えられるのか」と神様を恨み、信仰につまづいてしまうこともあります。現代ではキリスト教迫害ということはありませんが、自分の納得のいかない信仰生活を送らなければならないときに「自分の思いのままにならない」ことへの怒りが憎しみへと変わっていくのです。しかし、神様を信じていても起る苦しみは、あってはならないことなのでしょうか。つまり、私たち人間は生きている限り、様々なかたちの苦しみに必ず合うのです。そして、その苦しみに合うからこそ、イエスは荒野の誘惑を受け、十字架にかかられたのです。

キリストの苦しみ

 神様は、人間が人生の中で必ず苦しみに合った時、自分の力で立ち上がれないことを知っておられます。だから、神様が肉体となったイエスが荒野で40日40夜、断食することで人間の空腹を。十字架にかかることで人間の痛みを。人々からの罵声を受けることで人間の苦しみを神様自身が知ることが出来たのです。つまり、私たち人間の苦しみを神様が一緒に苦しんでくださっているのだから、人生で様々な苦しみに合ったとしても、その苦しみを神様が一緒に苦しんでくださるからこそ、その苦しみに見合った問題の解決が必ず与えられるのです。この確信をもつために私たちは、大斎節にイエスの荒野の誘惑と十字架の死を覚えて、大斎節中の日々を過ごして行ければと思います。

2017年2月27日 (月)

店舗聖別式

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 4月にオープン予定の教会の信徒さんお店の聖別式が執り行われました。

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