2018年11月 6日 (火)

米子教会バザーに出店!

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 11月3日(土)米子聖ニコラス教会で晴天の中、第40回だんだんバザーが開催されました。当教会からも有志たちで浜田産の魚の干物、松ぼっくりで造ったクリスマスツリー(マツボッツリー)の売店、プニョ玉すくいお店を開きました。

2018年11月 1日 (木)

教会便り11月号

現代の亡霊

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 11月は、教会の暦で逝去者の月と呼ばれています。7年前、イギリスのカデスドンという小さな街へ行った時のことです。街の教会へ立ち寄ってみると、敷地内に墓地がありました。中には100年以上前の墓石もありましたが、ほとんどの墓石には苔がついており、手入れをされた痕跡はありません。牧師に尋ねてみると、「イギリスでは誰も墓守をしない」ということでした。死者を大切にしていないと少し驚きましたが、これは文化の違いです。イギリスでは、逝去記念日に礼拝の中で牧師と信徒一同が逝去者を覚えて祈りをささげます。そして11月には、全ての逝去者を覚えて教会全体で祈りがささげられます。しかしなぜ私たちは、逝去者の魂の平安を祈るのでしょうか。

逝去者と亡霊

 逝去者記念は、亡くなった方を個別に記念し、主にある交わりをともにする祈りです。ここで注意したいことは、亡くなった方と自分との個人的な関係だけにとどまらず、「主にある交わりとともに」あるということです。つまり逝去者記念において、「あの人と私だけの思い出を大切にする」だけでなく、「あの人と出会えたことやその思い出は、神様によって与えられた」と信じることが大切なのです。しかし、この「主にある交わり」を、この世を生きる私たちが忘れてしまうと、徐々に逝去者を神様のように感じてしまうことがあります。その結果、逝去者との形見や思い出にしがみついてしまい、人生の時計の針を前に進められなくなることもあります。それはまるで逝去者が亡霊となって、その人に取り憑いているようにも見えます。この様に私たちが愛し、親しんだ逝去者たちを亡霊にしないために「主にある交わりとともに」という言葉が大切なのです。

記念とは

イエス・キリストは、最後の晩餐の際に「わたしを記念するため」と語られました。この「記念する」とは、過去に起こったことを思い出すだけでなく、現在にまで及ぼし続ける過去を想い起こすことです。逝去者記念の場合、自分と逝去者との過去の思い出だけを大切にするのではなく、神様によって今を生きる私たちと逝去者とが一緒に歩み続けることを意味しているのです。

死者との関係は過去のものではありますが、逝去者とともに未来を歩むことでもあります。「主にあって」逝去者と神様とともに未来への第一歩を歩んで参りましょう。

2018年10月29日 (月)

11月の礼拝・行事予定

1日(木)10:30 諸聖徒日聖餐式

(初めての方向け聖餐式)

3日(土)10:00 米子聖ニコラス教会バザー

4日(日)10:30 聖霊降臨後第24主日聖餐式

(教会逝去者記念礼拝)

5日(月) 9:15 保育園礼拝

6日(火)11:00 石見地区牧師・司祭会

(浜田カトリック教会)

11日(日)10:30 聖霊降臨後第25主日 聖餐式

12日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

15日(木)19:00 使徒聖アンデレ記念聖餐式

(初めての方向け聖餐式)

18日(日)10:30 聖霊降臨後第26主日聖餐式

(子ども祝福式)

19日(月) 9:15 保育園礼拝

20日(火) 9:00 保育園収穫感謝礼拝

23日(金) 9:00 教区会(神戸)

5日(日)10:30 降臨節前主日聖餐式

26日(月) 9:15 保育園礼拝

 

2018年10月22日 (月)

自動車祝福式

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 10月21日(日)礼拝後、新しい自動車を購入された信徒さんの自動車祝福式が行なわれ、安全な運転が出来るように神様へお祈り致しました。

2018年10月16日 (火)

2018年 山陰伝道区修養会

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 10月13日(土)~14日(日)まで、山陰伝道区修養会が境港復活教を会場に行なわれました。講師に日本聖公会九州教区の武藤謙一主教をお迎えして、「どの様に生き、どの様に宣教するのか」というテーマでお話を聞きました。講演後には宿泊会場へ移動し、交わりの時をもちました。また翌日10時から境復活教会で山陰伝道区合同聖餐式が行なわれました。

2018年10月12日 (金)

教会と夕陽

1011

浜田市は、夕陽が美しい街です。

10月11日(木)18時頃の教会から見える夕陽です。

2018年10月 1日 (月)

教会便り10月号

遺書と遺言書

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 皆さんは、「遺書」と「遺言書」の違いをご存じでしょうか。遺書とは、「私が死んでも家族仲良く過ごしておくれ」など、故人から家族などへ送られる「言葉」のことです。一方で遺言書は、「私が死んだ後、財産を○○に相続させる」と相続について具体的に記されているものです。後者は正しく記せば法的効力を持ちますが、前者には法的効力は全くありません。つまり自分が死ぬ前に伝えた「言葉」は、悲しい話ですが法的に何の価値もないのです。しかし、それを知らずに「もう伝えてあるから大丈夫」と思ってしまうと、旅だった後に家族で一悶着起こってしまうこともしばしばあるようです。

聖書が生まれた理由

 新約聖書の時代、文字を読める人が少なかったので、情報は人の口を通して伝えられていました。所謂「口伝」です。教会もイエス・キリストの言葉を直接聞いた使徒たちによって口伝で人々に伝えられました。しかし使徒たちのようにイエスを「直接見た」世代や「直接聞いた」世代がこの世を去ってしまったので、イエスの情報を正しく口伝で伝えることが難しくなってきました。そこで教会は、文字が読める教養ある人々を通して、イエスの言動や使徒たちの活躍を文字にして後世に伝えたのです。これが新約聖書の始まりです。そこには、当時の教会が抱えていた問題などの背景が垣間見える一方で、その問題が解決できたことも垣間見えます。イエスの存在が、当時の人々にとって都合の良い存在だったと偽りの姿が記されることなく、正しく記されたことによって、歴史的価値とその信憑性が高まり、その効力は教会によって現代まで続いているのです。それは、かつてイエスに救われた人々が、その救いの喜びを次の世代に正しく伝えようとしたからです。そういった意味では、聖書は「遺書」よりも「遺言書」と似ているのかもしれません。

残されたもの

 「自分が死んでも自分の意思は尊重される」と思っていても、それが残された者に正しく伝わらなければ無意味なものになってしまいます。イエスが私たちに残されたのは、不必要なものだったのでしょうか。そうではありません。十字架にかかったイエスによって人間の痛みや悲しみを神様が共感してくださる喜び、そしてイエスの復活によって私たちが苦しみから復活できることが新約聖書に詳しく記されています。私たちが苦しい時に喜びに満たされるために、聖書のみ言葉が残されたのです。

2018年9月29日 (土)

10月の礼拝・行事予定

1日(月) 9:15 保育園礼拝

2日(火) 9:00 保育園運動会

7日(日)10:30 聖霊降臨後第20主日聖餐式

15:00 大海家納骨式

11日(木)10:30 初めての方向け聖餐式

(福音記者聖ルカ記念)

13日(土)~14日(日)山陰伝道区修養会(境港)

14日(日)10:00 山陰伝道区合同礼拝(境港)

10:30 聖霊降臨後第21主日み言葉の礼拝

      11:10 山陰伝道区会(境港)

15日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

21日(日)10:30 聖霊降臨後第22主日聖餐式

22日(月) 9:15 保育園礼拝

25日(木)19:00 初めての方向け聖餐式

(使徒聖シモン・使徒聖ユダ記念)

28日(日)10:30 聖霊降臨後第23主日聖餐式

29日(月) 9:15 保育園礼拝

2018年9月 6日 (木)

石見地区牧師・司祭会を津和野で開催

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 9月4日(火)、石見地区牧師・司祭会がカトリック津和野教会を会場に行なわれました。今回は、同教会の山根神父より津和野でのキリシタン迫害についてのお話をしていただき、学びと教派を超えた交わりの時をもつことができました。

※石見地区とは、島根県西部(大田市~津和野)の名称です。

2018年9月 3日 (月)

ボランティアセンター閉所式

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 7月31日から始まった広島聖モニカ・ボランティアセンターが8月31日の閉所式をもって、その役目を終えました。1ヶ月の間、皆様のご支援とご加祷、本当にありがとうございました。今後の活動については、神戸教区被災者支援室のFacebookをご覧下さい。https://www.facebook.com/support.kobe.nskk/
(神戸教区被災者支援室Facebook

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