2019年9月19日 (木)

石見地区牧師・司祭会

  Img_0349 9月10日(火)に石見地区牧師・司祭会が、キリスト教愛真高校を会場に行なわれました。今回は、同校校長の栗栖先生から学校の歴史や、学校での生活についてお話を伺うことが出来ました。

2019年9月 1日 (日)

教会便り9月号

真のほれ込み

  司祭 セバスチャン 浪花朋久

 「ほれ込み」という言葉を耳にしたことがあると思います。この言葉は、主に恋愛や趣味に没頭する時に用いられますが、「ほれ込み」は、その対象を過大評価することがあります。ほれ込んだものを実際以上に過大評価してしまい、対象の問題を一切受け入れられない状態になるのです。ほれ込んだ対象への愛が深ければ深いほど、対象に問題があっても批判的な意見を受け入れられないので、対象の問題が解決されないのが「ほれ込み」の問題点ということになります。

ほれ込んだ弟子たち

 イエス・キリストの弟子たちも、イエスにほれ込んでいたことが新約聖書を読んでいると分かります。弟子のリーダーであるペトロは、イエスがユダヤ地方の王様になり、ユダヤ地方を支配するローマ帝国から独立してくださると信じていました。しかしイエスは、王様になるどころか十字架にかけられて殺されてしまいます。神様にとって、イエスが十字架にかかることが人間を救うために必要だったからです。新約聖書『マタイによる福音書』第16章では、イエスが、ご自分が十字架にかかることを弟子たちに予告されました。しかしペトロは、イエスから十字架の予告を聞いても「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」と逆にイエスをいさめ始めます。このペトロの行動にイエスは、「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」とペトロを叱ります。その後、イエスが十字架にかかったことによって、弟子たちのほれ込みは打ち砕かれたのです。ほれ込んでいるイエスの姿と神様から見たイエスの姿が一致していなければ、たとえイエスの救いが与えられていてもそれに気づくことがないということです。

間違いに気づく

 何かにほれ込むことは、決して悪いことではありません。しかし、ほれ込みによって間違いを受け入れざるを得ない場合、大いに傷ついてしまいます。私たちは、自分の弱さや間違いを受け入れることがなかなかできません。しかし間違いを受け入れていくことによって、私たちを如何なる苦しみや悲しみ、痛みからも解放してくださるイエスの救いが与えられていることに気づくことが出来るのです。

2019年8月26日 (月)

9月の礼拝・行事予定

  1日(日)10:30 聖霊降臨後第12主日 聖餐式

  2日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

  8日(日)10:30 聖霊降臨後第13主日 信徒礼拝

10日(火)11:00 石見地区牧師・司祭会(愛真高校)

15日(日)10:30 聖霊降臨後第14主日 信徒礼拝

20日(金)11:30 ハラスメント委員会(神戸)

22日(日)10:30 聖霊降臨後第15主日(主教巡回日)聖餐式

29日(日)10:30 聖霊降臨後第16主日 信徒礼拝

 

2019年8月 6日 (火)

8月の礼拝風景

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 連日酷暑が続いています。当教会の礼拝堂にはエアコンがないため、気温が高い日の礼拝は教会会館のリビングでエアコンを付けながら主日礼拝をおささげしております。

 

 

 

 

 

 

2019年8月 1日 (木)

教会便り8月号

変化する意味

  司祭 セバスチャン 浪花朋久

 7月18日(木)に京都市にある京都アニメーションという会社が放火され、34名の尊い命が奪われました。犯人は逮捕されましたが、放火した際に自身も重傷を負い、この原稿を執筆している時点で意識が回復していません。

 平成以降最悪の放火事件となったこの出来事は、当日の内に国内で大きく報道されると共に、世界各国でも大きく報道されました。そして世界の大企業や国連の事務総長からも哀悼の意が表明されました。この出来事から、「アニメ」が日本の文化の一つとして世界に周知されていることが理解できます。一昔前まで「アニメ」は、子どもたちや「オタク」と呼ばれる一部の人々のためのものと認識されていましたが、今や胸を張って「アニメは日本の文化」と言える時代になったのです。

十字架の意味

 あまり良くないと認識されていたものが、人々の心を動かすほどの良いものへと変化していくことがあります。キリスト教のシンボルである十字架もその一つです。新約聖書の時代、十字架はローマ帝国への反逆者を処刑するために用いられると共に、ローマ帝国に反逆を企てる人々への見せしめでもありました。では、なぜ処刑の道具であった十字架が、キリスト教のシンボル、しかも救いのシンボルへと変わったのでしょうか。それはイエス・キリストが十字架にかかったからです。イエスの十字架には、様々な意味があります。その一つが、苦しみや悲しみをはじめとしたありとあらゆる負の感情を、神様自身がイエスの肉体を通して感じることです。神様が私たち人間の、しかも誰にも理解されない苦しみや悲しみを誰よりも理解してくださり、共感してくださるために、イエスを十字架にかけられたのです。だから私たちは、十字架を見ることで自分の苦しみや悲しみから救われる確信を得ることができるのです。これが、十字架が処刑の道具から救いのシンボルへとその意味が変わっていった次第です。

救いのシンボル

 京都アニメーションの事件では、犠牲者をはじめ、事件を知った多くの人々が心に傷を負いました。この心の傷をイエスは十字架によって共感してくださっています。救いのシンボルである十字架を見つめながら日々を歩んで参りましょう。

2019年7月29日 (月)

8月の礼拝・行事予定

 3日(土)11:00 大海家記念式(川本町)

 4日(日)10:30 聖霊降臨後第8主日 聖餐式

11日(日)10:30 聖霊降臨後第9主日 信徒礼拝

18日(日)10:30 聖霊降臨後第10主日 聖餐式

19日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

25日(日)10:30 聖霊降臨後第11主日 信徒礼拝

2019年7月 1日 (月)

教会だより7月号

環境と生活

  司祭 セバスチャン 浪花朋久

 皆さんは、プラスチック問題をご存知でしょうか。例えば、魚が海に流されたプラスチックを餌と勘違いして食べてしまい、更にプラスチックを食べた魚を人間が食べることで、マイクロプラスチックが私たちの体内に取り込まれてしまう、或いは、土に埋めたプラスチックのせいで土壌が汚染されてしまうことなどです。このようなプラスチックが原因となる環境問題は、待ったなしの深刻な状況となっています。

 20世紀に入り、教会はある学者から、人が自分のために自然を搾取することが神様の意志であることから、「環境問題の原因がキリスト教にある」と批判されました。教会はこの批判を真摯に受け止め、旧約聖書『創世記』に記されている人間が「神の似姿」であることに立ち返り、人間と自然界との共存を意識していくように変わろうとしました。しかし今日になってプラスチック問題が話題になっているということは、私たち人間が、神様から義務付けられた自然の管理を蔑ろにしているということになるかもしれません。

支配と管理

 旧約聖書『創世記』第1章に記されている天地創造の物語において、神様は人間をご自分に似せて創造された後に、次のような言葉を語られています。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」(1:29)。人間は、神様から自然界を「従わせ」「支配する」ことを義務づけられました。ここでいう「支配」とは、独裁者のような「支配」ではなく、支配を受ける側の世話をするという意味があります。つまり人間は、神様の代わりに自然界を「管理」することを神様から与えられているのです。

神の似姿

 私たち人間は、天地創造の物語にあるように「神の似姿」としてこの世界を歩んでいます。神様が創造されたこの世界を管理できるのは、人間だけに与えられた恵みです。そして「神の似姿」である私たちには、神様の代わりとなってこの世界を美しくできる力も与えられています。個人でできることには限りがありますが、ゴミの分別に気をつけるなど、小さなことからこの世界を美しくしていけるように歩んで参りましょう。

2019年6月30日 (日)

7月の礼拝・行事予定

 1日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

 4日(木)10:30教区レクイエム(神戸)

 7日(日)10:30聖霊降臨後第4主日聖餐式

14日(日)10:30聖霊降臨後第5主日信徒礼拝

21日(日)10:30聖霊降臨後第6主日聖餐式

28日(日)10:30聖霊降臨後第7主日信徒礼拝

※気温が高い日の礼拝は、教会会館でエアコンをつけて行ないます。

 

2019年6月29日 (土)

教役者修養会

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 6月25日(火)~27日(木)まで教役者修養会が高知で開催されました。今回は、「統合失調症と鬱病について」「ハラスメント講習」など、交わりの時をもつことができました。

2019年6月19日 (水)

夏への準備

0616  当教会の礼拝堂には冷房設備がなく、夏季はエアコンがある教会会館で礼拝をおささげしています。6月16日(日)の礼拝後に夏季の礼拝のための準備を行ないました。

061601  祭壇とカーテンを設置して、7月からの礼拝の準備が完了!

 

 

 

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