« 「教会便り」(09年2月から) | トップページ | 「教会便り」(09年4月)から »

2009年7月26日 (日)

「教会便り」(09年3月)から

(2009年3月の「教会便り」、【牧師室から】を転載します。…ブログ担当者)

「予期しない出来事の中で」

人生において人は自分の思い通り・期待通りにならないこと、また想定外のことが起きて、大変落ち込み、悲しい思いをすることはよくあります。
同じように新約聖書の有名なエマオの物語(ルカ24:13-35)でもイエス様の弟子達が自分たちの望み通りには行かず、悲しんでいましたが、しかし、その時に「イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた」(ルカ24:15)と書いてあります。けれども、二人の弟子達はその人がイエス様だとは気づかなかったのでした。

「足跡」の詩

このエマオの物語を端的に表している「足跡」という詩があります。
 ある人が、夜、夢をみた。主と共に海辺を歩いている夢を。
彼の人生の様々のシーンが空を横切った。それぞれの場面に応じて、砂の上に二人の足跡があった。一つは彼のもので、もう一つは主の足跡だった。
彼の人生最後のシーンが映し出されたとき、彼は砂の上の足跡を振り返った。彼の人生行路に沿って、しばしばたった一人の足跡しかないのに気がついた。しかもそれは、彼の人生の最も落胆し、最も辛い時期だった。
彼は当惑して主に尋ねた。
 「主よ、わたしがあなたにお従いすると決心したとき、いつも共に歩んでくださるといわれたではありませんか。それなのに、私の人生で最も苦しかったときには、たった一人の足跡しかないのです。わたしには理解できません。わたしが最もあなたを必要としていたときに、どうしてわたしを   お見捨てになったのかということを。」
 主は答えて言われた。
「わたしの大事な大事な子よ、わたしはあなたを愛しており、決してあなたを見捨てることはありません。あなたが試みと苦難の中にあったとき、あなたがたった一人の足跡しか認めなかったとき、それは、わたしがあなたを背負って歩いていたときだったのです。」

「背負ってくださる神様」

私達も日常生活の中で想定外の病気、家族問題、身内の死などに遭遇し、大変苦しみ、悩むという最も辛い時期を過ごす時があります。
しかし、その最も辛い時期、最も落胆している時こそ、イエス様が私達に近づかれて、私達を背負って歩いて慰めてくださるということ、そして「わたしはあなたたちの老いる日まで白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す」(イザヤ46:4)と語ってくださる神様がおられるということを覚えたいと思います。



« 「教会便り」(09年2月から) | トップページ | 「教会便り」(09年4月)から »

3.牧師より」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1178117/30707240

この記事へのトラックバック一覧です: 「教会便り」(09年3月)から:

« 「教会便り」(09年2月から) | トップページ | 「教会便り」(09年4月)から »