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2009年8月 8日 (土)

「教会便り」(09年4月)から

(2009年4月の「教会便り」、【牧師室から】を転載します。…ブログ担当者)

「思い通りにならないこと」(1)

人生では思い通りにならず、予定通り行かず、事がうまく運ばないことがよくあります。それは私達が前進しようと思っても不安や弱さなどで一歩も踏み出せない場合もあるでしょうし、またあるいは一生懸命努力し、励んでいても物事が思い通りに進まないこともよくあるかと思います。

「聖書の積極的意味づけ」

そのような思い通りにならずに苦悩することに対して、聖書では一つの肯定的、積極的な意味づけをしています。
それはローマの信徒への手紙5章3-4節で「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」というみ言葉です。
ここで「練達」というのは新改訳という聖書訳では「練られた品性」と訳され、それは意味的には金が火の精錬を通して初めて純金となるように、同じように品性、人格も練られて純化されていくということを述べています。
ここから「艱難汝を玉にする」という言葉があるように、苦しみ、困難などによって忍耐が生まれ、品性が潔められ、人格が陶冶されて磨かれ、高潔な人格へと作りかえられていくということを述べているのです。

「人格・霊性が成長し、強化される為」

そこからカトリックの鈴木秀子シスターは「人は苦しみによって成長することができます。苦しみは人を鍛えます」と言われています。
また、ある人も「人生の嵐を一つ一つ切り抜けていくうちに霊性が強化され、性格が高尚さを増してまいります。困難こそ、霊的な力と成長を身につけさせてくれるのです」と述べています。
ここから苦しみや悩みや困難などは人格を磨く「磨き砂」、「研磨剤」と言えることができ、そして、苦しみや悩みや困難などが大きれば大きいほど人格も磨かれ、成長し、輝くことも大きいと言えるのではないでしょうか。
もちろん、このことは頭で理解しても感情で理解することは大変難しいことと思われます。しかし、私達はいくら努力しても、いくら頑張っても思い通りにならず、予定通り行かず、事がうまく運ばないというような経験をして苦しみ、悩み、絶望しそうな時、また心が折れそうな時には、私達の「霊性が強化され、性格が高尚さを増す」という「高潔な人格」に「成長する」最中だという積極的意味づけをして、少しでも前向きにとられて、今後、希望をもって生きていきたいと思います。



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