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2010年4月

2010年4月30日 (金)

「教会便り」(09年12月から)

(2009年12月の「教会便り」、【牧師室から】を転載します。…ブログ担当者)

「望みどおりにならなくて悲しむ」  

人生の中で神様に祈っても願っても自分の願い、望みが思い通り、期待どおりの形にならなくて、私たちは悲しい思いをすることがよくあります。

「叶えられた祈り」

しかし、ニューヨーク大学のリハビリテーション研究所の壁に刻まれた作者不明の詩では次のように記されています。

大事をなそうとして力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと弱さを授かった
より偉大なことができるようと健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱を与えられた
幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるように貧困を授かった
世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと弱さを授かった
人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆるものを喜ばれるようにと生命を授かった
求めたのは一つとして与えられなかったが、願いは全て聞きとどけられた
神の意のそわぬ者であるにもかかわらず
心の中に言い表せない祈りはすべてかなえられた
私はあらゆる人生の中で最も祝福されたのだ

「結果的に最高の形に」

この詩では神様が多くの願い、求めた祈りに対してすべて私達の求めたとおりに答えられると言うのではなく、大局的・長期的に見ると私達にとって最高の形、あるいは私達の成長・学びとして見るならば最終的に好ましい形で神様は祈り・願いに対して答えてくださるということを述べているかと思われます。
ここから今後も私達の表面的な願いやこの世的な求めは神様に聞き届けられないかもしれませんが、しかし、私達の心の中の言い表せない祈りや、魂として本当に望んでいる事柄を神様が聞かれて、叶えてくださるということがわかります。
このように私達の内なる切なる願い、魂の祈りが最終的に「最も祝福された」結果になることを教えられていますから、私達は祈りを続けながら希望をもって神様が用意される最高の形、好ましい結果を待ち続けたいと思います。

2010年4月 4日 (日)

復活日(イースター)礼拝

(4月4日、復活日礼拝がありました。そのあと、持ち寄りで会食をしました)

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