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2010年8月11日 (水)

「教会便り」(10年3月から)

(2010年3月の「教会便り」、【牧師室から】を転載します)

「人によって試練の大きさが違う」

世の中を見てみますと、人によって試練の大きさが違うのではないかと思わされることがよくあります。
そのことは聖書でもヨブのように大きな試練がある人やソロモン王のよう比較的に試練が少ない人がいることから説明することができます。

「強い子」

このことを示している一人の難病の女の子が作った「強い子」という童話があります。
 その話によると「彼女が生まれる前、ある日彼女は、神様に呼ばれました。
 神様のところに行くと、既にたくさんの赤ちゃんたちが、並んで待っていました。そして、一人ひとりがプレゼントを神様からもらっているのです。
 「この町に生まれたい」と言えば、その町に生んでくれます。「お金持ちの家に生まれたい」と言えば、お金持ちの家に生んでくれます。どんな夢でもかなえてくれるのです。
 そして、とうとう彼女の番になりました。
 しかし、そのとき彼女は、自分が欲しいプレゼントが決まっていませんでした。ふと見ると、神様の後ろに、「重い病気」というプレゼントがあるのを見つけるのです。
 彼女は神様に「これは誰がもらえるの」と聞きました。
 すると神様は、「これがもらえるのは、一番強い子だよ。なぜなら、このプレゼントをもらった子は、生きている間は、ずっと苦しむことになるから」と。
 そのとき、彼女はこう思ったのです。「もし、自分以外の子がこのプレゼントをもらって生まれてきたとしたら、自分がその子に会った時にとってもつらい気持ちになるだろうな」
 そして、彼女は神様にお願いしました。「私が一番強い子よ。他の子には、絶対あげないで。私なら、耐えてみせる。他の子が苦しむのは絶対に嫌だから、そのプレゼント私にください」
 すると神様が、「君が一番強い子だね。ならば、あげよう。君が来るのをずっと待っていたんだよ」と彼女に伝えました」という内容になっています。

「神様に選ばれた人」

この童話ではその人が誰よりも「一番強」く、「耐え」られるからこそ、大きな試練がやってきたということが示されていると思われます。
このことは試練が大きければ大きいほど、神様から強い人と認められた証拠で、その意味で試練の大きい人は神様が「選んだ器」(使徒言行録9:15)で、正に「神様に選ばれた人」と言えるのでないでしょうか。

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