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2010年11月24日 (水)

「教会便り」(10年5月から)

(2010年5月の「教会便り」より、【牧師室から】を転載します。)


 「落涙」

人生を送る中で突然、襲ってくる不幸や災い、危機などに対して、その現実に黙って耐え、ただ茫然と涙を流すしか術を持っていないということがよくあります。

「涙の向こう側にあるもの」

ある物語で悔しくて泣いている人に対して、ある主人公は「涙はお前を強くするだろう」と語りました。
またある歌詞には涙を流す人に対して、「1グラムの頬を流した涙が明日を変えるだろう」と書いてあります。
このように前向きに考えると、涙は人を強くし、やがて明日を変えるという面も持っていると言えるでしょう。

「涙を流されるイエス様」

 約二千年前、イエス様もご自身と交友があったラザロが突然、病気で亡くなって、その姉妹であるマリア、マルタが悲しみに打ちひしがれて泣いているのを御覧になって、「涙を流され」(ヨハネ11:35)ました。
ここからイエス様は人の涙に無関心ではなく、人が流される涙に敏感に反応されて悲しまれ、お泣きになるということがわかります。
正にイエス様は人の涙を忘れず、涙をおわかりになる「痛みを知った」(出エジプト2:7)方であり、また「人々の苦難をご自分の苦難」(イザヤ63:9)としてくださる優しい神様であると言えるでしょう。

「神様はあなたの涙を忘れていない」

ある詩を紹介したいと思います。
「なぜ涙が出てくるのか、不思議に思いました。物事はあてにしていたような結果になりませんでした。しかし神はそばにお立ちくださり、落ちる涙をご覧になっています。涙は神がおわかりになる言葉です。
神は打ちひしがれた魂の涙をご覧になっています。神はあなたの涙をご覧になり、その落ちる涙の声を聞いておられます。神は人と一緒に泣いてくださり、手を取ってくださいます。涙は神がおわかりになる言葉です。
悲しみがあなたをみじめにするとき、涙を流させるのです。その重荷にとうてい耐えきれないように思うでしょう。
しかし、神はあなたをお忘れではありません。神の約束は変わりません。涙は神がおわかりになる言葉です」
(ゴードン・ジェンソン「涙は神がおわかりになる言葉です」)。
神様は私達が流した涙を忘れないこと、流した涙を痛いほどおわかりになり、私達に手を差し伸べてくださるということを覚えたいものです。

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