« 「教会便り」2011年2月号より | トップページ | 「教会便り」2011年4月号より »

2011年3月 1日 (火)

「教会便り」2011年3月号より

「和尚と武芸者」

江戸中期頃、駿河の国に五百年に一人と言われる臨済禅の逸材の白隠和尚という禅の老師がいました。
ある日、今の九州辺りの西国という所から何日も歩いて、今の静岡県沼津市の駿河の国の白隠和尚のところに一人の武芸者が尋ねて来ました。
武芸者は寺の小僧に取り次いでもらい、やっと和尚に会えることになり、彼は威儀を正してお礼を述べて、「私は武芸者で試合では常に命のやり取りをしなければいけません。和尚、本当に地獄と極楽は有るのでしょうか。この答えを高名な白隠和尚にお伺いしたいと思いはるばる西国よりやってまいりました」とわざわざ会いに来た理由を伝えました。
 白隠和尚はチラッと武芸者を見て、「お前がそのような質問をするのは百年早いわ。帰れ帰れ」と一喝して、武芸者を山門の外へ放り出して門をピシャッと閉めてしまいました。
 武芸者は何日も何日も歩いてやっと白隠和尚のところへ来たので、あきらめきれずに三日三晩、山門の外に立ってもう一度、白隠和尚にお会いしたいと小僧に頼みました。
 小僧は見るに見かねて武芸者を白隠和尚のところへ連れて行ったのですが、和尚は礼を尽くして深々とお辞儀をする武芸者を見て、「まだ居たのか。貴様のような者には用は無い。時間の無駄だ、帰れ」とまた一喝しました。
 さすがの武芸者も「ここまで礼を尽くしているのにこの糞坊主」と、腹が立って思わず刀の柄に手をかけると、そこへすかさず和尚は振り向いて、「それが地獄だ」と、怒りに任せて和尚を切り殺そうと刀を抜いた武芸者に向かって言い放ちました。
 そこはさすが武芸者で、その意味がすぐに分かり「恐れ入りました。よく解りました。ありがとうございました」と畳に頭をこすり付けました。
 それを見て白隠和尚は微笑みながら穏やかな声で「それが極楽だ」と武芸者に教えたという話があります。

  「心の中の天国と地獄」

同じように聖書でも「穏やかな心は肉体を生かし 激情は骨を腐らせる」(箴言14:30)。「心がうきうきすれば体も健康になり、気がふさげば病気になります」(箴言17:22 リビングバイブル訳)と記されています。
私達は心の中が「地獄」状態にならないよう、激情、怒り、憂いをできるだけ持たないこと、そして、心の中を「天国」状態にする穏やかな心、また上述の最後の武芸者の感謝の心を持ちたいものです。

« 「教会便り」2011年2月号より | トップページ | 「教会便り」2011年4月号より »

3.牧師より」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1178117/39066515

この記事へのトラックバック一覧です: 「教会便り」2011年3月号より:

« 「教会便り」2011年2月号より | トップページ | 「教会便り」2011年4月号より »