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2011年4月27日 (水)

「教会便り」2011年5月号より

「イ・チソンさん」

 韓国人のイ・チソンさんという女性がおられます。彼女は大学生の時、交通事故により全身の55%に大火傷を負い、第3級の身体障害者に認定されました。
 彼女は交通事故後、奇跡的に一命を取り留めますが、しかし、8本の指を切断し、幾度もの手術、激しい痛みと治療に悩まされる日々を過ごしました。
 さらに彼女は過去の容姿端麗であった元の身体を取り戻すことはできず、鏡に映る自らの姿を見るだけで恐怖に怯え、何度も自分を殺してもらうよう家族に頼んだそうです。
 そんなある日、彼女は痛みの激しい日は、壁にかかっている十字架を見つめて「イエス様は、私ほど大変ではなかったのではないか。何日か経てば終わったし、火傷はしなかったし…」と嘆いたそうです。
 その後、あるイースターを迎える受難週の時に、彼女はイエス様が受けられた苦しみを思いながら祈っていると、彼女としてもう二度と思い出したくないような場面が、映画のフィルムのように目の前に映し出されました。
 彼女はただ泣くしかなく、泣いていると、イエス様が声無き声で「チソン、お前が経験したその肉が裂かれるような痛みを私は知っているよ。お前が経験した恥ずかしさや痛みのすべてを私は知っている」と語りかけてくださいました。
 彼女はその時から救われて、変わり、忌まわしい過去を乗り越え、その後、後悔するどころか感謝している人生になったそうです。

「痛みは、全部私が知っている」

 私達も人生の中で災いや不幸が突然、襲いかかり、絶望し、悲しみ、悩むことがあります。その時には私たちもチソンさんと同じように「イエス様は、私ほど大変ではなかったのではないか。何日か経てば終わったし」と思うこともあるかもしれません。
 しかし、イエス様はご生涯や十字架上で私たちが日常生活で体験する悩み、悲しみ、苦しみ、痛みのありとあらゆる種類を体験されて、イエス様は私たちに対しても、「全部私が知っているよ。経験した恥ずかしさや痛みは、全部私が知っている」と語られて、慰めてくださるのではないでしょうか。
 私達は私達の「苦難を常にご自分の苦難とし」(イザヤ63:9)、私たちのすべての「痛みを知った」(出エジプト3:7)神様がおられることを覚えたいものです。

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