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2011年12月

2011年12月28日 (水)

「教会便り」2012年1月号より

「なんでもないようなことが幸せ」
 昔、THE 虎舞竜というバンドの「ロード」いう曲が流行りました。
 その歌詞の中に「なんでもないようなことが幸せだったと思う」という言葉が何度も出てきます。
 この歌詞の背景となっているのが、このバンドのファンであった女性の交通事故死で、ここから作詞者は何ごともなかった当たり前の日常が如何に幸せであったかということを歌詞に込めているのでしょう。
 ここで「なんでもないようなこと」というのは、言葉を換えて言うと、「何も起きず、普通に、淡々と過ぎる日常」(小林正観氏)ということになるでしょう。

「何も起きないことの幸せ」
 先述の心理学者の小林正観氏は、『何も起きないことがどれほど幸せであるか』ということに、私たちはなかなか気がつきません。毎日が、淡々と平凡に過ぎていくことが、実は『幸せの本質』なのです。
 幸せというのは、何か特別なことが起きることではありません。何も起きないことが幸せの絶対的な本質です。
 幸せとは、いいことが起きるとか、楽しいことが起きるのではなくて、自分にとって、いわゆる面倒なこと、大変なこと、汗をかかなくてはいけないこと、神経を使わなくてはいけないことが、何も起きないこと。それこそが最大の奇跡です。
 (だから)何も起きていないということは、自分にとって辛かったり大変だったりすることが起きていないという、とんでもないことを起こしてくれている毎秒毎秒の連続なのです。」と述べています。

「平和を与えるイエス様」

 聖書においては「何でもないようなこと」や「何も起きず、普通に、淡々と過ぎる日常」というのは、「平和」と表現されています。
 この「平和」というのは、「争いのない状態」だけではなく、「無事、平安、健康、安心」という意味を含んでいます。
 そこからイエス様は「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」(ヨハネ14:27)と言われています。
 イエス様は私達が事故や危険、トラブルに遭わないこと、つまり、「平和」を常に与えようとされていますので、私達は「何もないこと」「何も起きない」「平和」の幸せに気づき、感謝していきたいものです。

クリスマス

クリスマス礼拝の写真です。

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クリスマス・イブ礼拝

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クリスマス深夜ミサ(礼拝)

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クリスマス聖餐式

2011年12月 6日 (火)

クリスマスと元旦のご案内

 

 今日ダビデの町にあなたがたのために救い主がお生まれになった(ルカによる福音書2章11節)
 クリスマスの時期が近づいて参りました。皆様、如何お過ごしでしょうか。
 イエス様はベツレヘムの馬小屋で私たちをお救いになるためにお生まれになりました。どうぞ、ご家族、ご知人、ご友人をお誘いくださり、共に救い主イエス様の誕生を喜び祝い、共に聖餐式(ミサ)の恵みに預かりましょう。

12月24日(土)
  午後7時 クリスマスイブ礼拝・お茶等
12月25日(日)
  午前0時 降誕日聖餐式(深夜ミサ)
  午前10時半 クリスマス聖餐式・祝会

   礼拝後に祝会、プレゼント交換をいたします。
   500円前後のプレゼントをお持ちください。
   また、やみ汁の中に入れる材料をお持ちくだされば幸いです。

1月1日(日) 午前10時半 新年礼拝 聖餐式


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聖堂から続く階段に、イルミネーションをしました。

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