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2013年1月

2013年1月28日 (月)

「教会便り」2013年2月号より

「神様との約束」

 1984年にマザー・テレサが来日した時に、彼女が行く所、どこにでも報道陣と群衆であふれていて、絶えずカメラマンがシャッターを切り、フラッシュがたかれました。
 マザー・テレサは長旅で疲れていたにも関わらず、いつも笑顔で対応したことについて、当時通訳だった渡辺和子シスターに、「私はフラッシュがひとつたかれるたびに、死にゆく魂が神様のみもとに安らかに召されるように神様と約束をしてあるのです。…(だから)疲れているけれど、笑顔をするのです」と打ち明けています。

「天との契約」    

 第二次世界大戦中、アウシュビッツでナチスの捕虜として捕えられ、いつガス室に送られるか、わからないという極限状況の中で、奇跡的に生き残ったヴィクター・フランクルという精神科医がいます。
 彼は「私は、毎日毎時、死の危険にさらされていた。私が死なねばならない運命ならば、私の死は私と互いにこのうえなく愛しあっていた母に生き永らえることを贈ることになるのであった。そして私が私の死まで苦悩を耐えしのべばしのぶほど、私の母は苦しみのない死を迎えることができるように、わたしは天と契約を結んだのです」と語っています。
 ここで彼は、喜んで死にますが、しかし、死ぬとしたら、短くなった寿命をその分だけ母親の生命につぎ足されること、そして自分の死まで苦悩を耐え忍ぶ代わりに、母親が苦しみの少ない死を迎えられるようにという天との契約を結び、収容所内での無意味としか思えなかった自分の命を、意味を持たせることで、極限状態に耐えて、生き延びることができたということでした。

「神様と取引する生き方」

 ここから私達も人生における苦難、苦境、逆境の時、神様との約束・契約を結んで、意味を持たせて生きる生き方は、正に「第三者の救いともなるのですが、それ以上に、自分の救い」(渡辺和子シスター)となるのではないでしょうか。
 私達も「神様、この苦しさを私はじっと我慢しますから、一人の人を救って下さい」とか、「神様、苦悩を耐え忍びますから、あの人の苦しみを少しでも減らして下さい」、「神様、これを我慢しますから、どうかあの人の病気が治りますように」などとそのような取引を神様として、人生に意味を持たせて、生きていきたいものです。

2013年1月 5日 (土)

明けましておめでとうございます

 ご挨拶が遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
 去年は格別にお世話になり、誠にありがとうございました。感謝いたします。
 どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
 今年も皆様方の上に神様からの豊かな祝福と恵みが注がれますようにお祈り申し上げます。

 牧師 平野一郎

2013年1月 4日 (金)

「教会便り」2013年1月号より

「サッカーの長谷部誠選手」

 サッカー日本代表の長谷部誠選手は絶対的リーダーとして、代表を献身的に引っ張ってきました。
 しかし、彼自身が所属するドイツのサッカーチームは、今年8月初旬に、恩師のマガト監督から、事実上の戦力外通告を言い渡されました。
 その後、9月以降、長谷部選手は一段と苦しい状況に追い込まれ、今季開幕戦からリーグ8試合連続ベンチ外に置かれることになりました。
 彼にとって、このことはサッカー人生最大の試練・苦境で、先行きに暗雲がたちこめていましたが、しかし、10月下旬、マガト監督が成績不振で解任されたことにより、彼の状況が一変しました。
 それは後任のコストナー監督が、長谷部選手をレギュラーに抜てきし、そこからコンスタントに試合に出るようになったからです。
 長谷部選手は、そのコストナー監督から「(あなたが)しっかりやっているのを見ている」と言われたそうです。
 このことは見ている人は必ず見ていて、わかる人は必ずわかると言うことの典型例と言えるでしょう。

「誰かは必ず見ている」

 宮城県のある女性は、中学時代、絵のコンクールのために並々ならぬ努力をしたのに、結局入賞できず落ち込んでいた時に、先生が「誰かは必ず見ている。もし誰も見てくれていなくても、神様が見てくれているから大丈夫」と励まされました。
 彼女はたった一人でも、理解してくれる人がいるという先生の励ましが、その後も、自分の支えになっていると語っています。

「神様は見て、知っておられる」

 聖書の詩篇33篇13-15節でも「主は天から見渡し 人の子らをひとりひとり御覧になり 御座を置かれた所から 地に住むすべての人に目を留められる。人の心をすべて造られた主は 彼らの業をことごとく見分けられる」と記されています。
 またヨハネの黙示録でも、「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており」(2:2)、「わたしは、あなたの苦難や貧しさを知っている」(2:8)、「わたしは、あなたの行い、愛、信仰、奉仕、忍耐を知っている」(2:19)と記されています。
 私達は私達の行いを見て、認めてくれる人が必ずいること、そして神様は私達の全ての行いを見て、知っておられることを覚えたいものです。

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