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2016年5月30日 (月)

教会便り 6月号

事実から立ち上がる

 執事 セバスチャン 浪花朋久

教会の暦で611日は、使徒聖バルナバを記念する日です。新約聖書『使徒言行録』9章では、バルナバについて、次のような物語が記されています。

サウロ(後のパウロ)は、キリスト教徒たちを捕まえることに生き甲斐を感じていました。しかし、ある日、サウロに主イエスが現われたことでサウロは回心して、打って変わって主イエスのことを人々に伝えるようになったのです。そして、主イエスの弟子たちである使徒たちに面会しようとしたのですが、彼らはサウロが自分たちを「捕らえに来た」と言わんばかりに、サウロに恐怖します。このサウロを使徒たちで会わせるために、働いたのがバルナバだったのです。そして、使徒たちとの面会を果たしたサウロとバルナバは、主イエスの出来事を伝えるために、2人で旅に出かけるのでした。

この様なバルナバの働きなどを記念して「聖バルナバ保育園」に、その名が用いられたのです。

過去と今

過去の失態や失言などによって、悪い印象しか覚えられていない時があります。自分の中では、もう過去のことは解決しているのに、人は自分の過去を攻めるようにいつまでも覚えている。そのため「今」の自分を見てもらえず、悪い印象だけが一人歩きをしてしまう。世間は「失態を犯した、あなたが悪い」と言わんばかりに、誰も理解してくれない。この様な時、私たちは、解決策が見つからずに諦めざる得なくなってしまいます。しかし、本当に誰も今の自分を受け入れてくれないのでしょうか。

人を通して

バルナバは、なぜキリスト教徒を迫害していたサウロをいち早く信用することが出来たのでしょうか。バルナバを動かしたのは、私心ではなく主イエスへの信仰です。バルナバ自身を救ってくれた、主イエスは文字通り「分け隔て無く」人に接していました。つまり、私たちの傍にも「過去の自分」を受け入れてくれ、「今の自分」を大切してくれる人が、必ず現われるのです。そして、その出会いを通して、私たちは、過去の自分を受け入れてくるイエス・キリストに出会うことが出来るのです。

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