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2016年10月

2016年10月31日 (月)

11月の教会行事・予定

1日(火)19:00 諸聖徒日 み言葉礼拝と陪餐

3日(木)10:00 米子聖ニコラス教会バザー

6日(日)10:30 聖霊降臨後第26主日 

(み言葉礼拝と陪餐)

         礼拝後:昼食会

 7日(月) 9:30 保育園礼拝

13日(日)10:30 聖霊降臨後第27主日

(み言葉礼拝)

14日(月) 9:30 保育園礼拝

19日(土)10:00 広島平和礼拝実行委員会(広島)

20日(日)10:30 王であるキリストの主日

(み言葉礼拝と陪餐)

礼拝後:昼食会

21日(月) 9:30 保育園礼拝

13:15 職員会

23日(水) 7:00 神戸教区第84(定期)教区会(神戸)

14:00神戸教区第85(臨時)教区会(神戸)

26日(土)11:00 徳山聖マリア教会

会館・牧師館竣工式(徳山)

15:00 浪花執事・井原由紀姉婚約式(徳山)

27日(日)10:30 降臨節第1主日 聖餐式

          礼拝後:昼食会

28日(月) 9:30 保育園お誕生日礼拝

29日(火)11:00 石見地区牧師・司祭会(津和野)

30日(木)1:00 使徒聖アンデレ日

(み言葉礼拝と陪餐)

2016年10月19日 (水)

山陰伝道区修養会

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 10月15日~16日にかけて、山陰伝道区修養会が鳥取聖ルカ教会を会場に行われました。中村豊主教を講師に迎えて、山陰伝道区のこれからの課題と発展についてお話されました。
 講演後に宿泊先であるレーク大樹に移動し、交わりの時を持つことが出来ました。参加者は約40名。当教会からは3名が参加しました。これからの山陰伝道区の働きを覚えて、お祈りください。

2016年10月18日 (火)

浜田基督教会 創立から2016年までの歴史

浜田基督教会の伝道の初めは、1882年。エビントン司祭により山下、寺沢の2名が山陰に派遣されました。当初、両氏は真宗僧侶の反対のために宿舎を追われることもありながら、江津(ごうつ)、渡津、浜田で伝道活動を行いました。エビントン司祭は、12月に大阪を船出して広島に上陸。馬や山かごに揺られながら山を越え、江川(ごうのかわ)を船で下り、江津に到着した。広島を出発してから、実に4日の道のりだったそうです(現在では車で約1時間半。約120キロ)。そして、到着後の日曜日。エビントン司祭は、山藤(さんとう)医師ら6名に渡津で洗礼を施します。1883年には、渡津に教会を設立しますが、これは現代のような「建物」としての教会ではなく、自宅での「集会」だったと考えられます。そして、1884年。小割啓四郎が、エビントン司祭により浜田にて受洗。教籍番号一番となります。

1886年蛭子町(えびすちょう)小石宅に浜田教会が設立されます。そこで武家出身の信徒、野島忠ご夫妻が熱心に伝道されました。1887年日本聖公会第一回総会に、西浦康定、野島忠の両氏が石見(いわみ)を代表して出席します。そして、1904年11月16日に浜田市殿町に教会を建て、献堂式を行います。1916年には小池耕造司祭が牧師に着任され、浜田の地で62年間の牧会生活を過ごされました。当時、教会に牧師館がなく、小池司祭家族は教会近くに住居を設けていました。その後、1923年に牧師館が完成し、落成式を行いました。しかし、1943年に浜田で大水害が起こり、教会に大きな被害を受けることになります。復旧作業が続き、教会が復活したのは、水害から実に3年後のことです。後に、この水害が教会移転のきっかけの一つとなります。

1957年。瀬山岩雄司祭が、新居浜より着任します。水害や国道9号線の拡張工事のために、教会の土地が狭くなり、教会は現在の浅井町に移転を決意します。移転地となったのは、浅井町旗竿山の一角で、町が見渡せる場所です。1965年5月に聖別解除式を行い、教会解体が始まりました。その間、主日礼拝は市民会館の会議室で守られました。そして、同年に牧師館起工式を行います。移転地は広く、そこに教会、牧師館、保育園、幼稚園なども建てることになりました。翌年には、まず牧師館が完成。牧師館で礼拝保育が開始されます。そして、1966年6月11日の聖バルナバ日に教会、幼稚園、保育園の起工式、定礎式を行い、1967年8月5日、献堂式、竣工式を行いました。竣工日にちなんで、保育園と幼稚園のそれぞれの名称が「聖バルナバ保育園」「聖バルナバ幼稚園」となりました。幼稚園は1967年4月に開園し、当初は4名の園児で発足されました。保育園も同年8月に設立認可され、当初60名の園児たちからスタートしました。また、新しくなった教会には、殿町の教会に使っていた門柱、色ガラスなどが用いられ、旧教会の面影を残したものとなりました。新しくなった教会では、1972年4月5日にガールスカウト島根第1団発団式が行われました。その際に、広島の嶋田執事夫妻のご指導を頂き、多くの少女たちの指導にあたりました。また、教会では立教大学聖歌隊の夏期キャンプやパプアニューギニアキャンプ、中高生大会などに用いられ、交わりの場として活躍することになります。しかし、1983年4月25日に瀬山司祭が逝去されます。

同年5月15日より、鳴門聖パウロ教会から伊神努司祭が着任されました。そして、1986年には教会創設100年、幼稚園・保育園20年、ガールスカウト15年のお祝い行うことが出来ました。伊神司祭の在任中に、教区の青年交流会が浜田基督教会で行われ、また、神学生たちの実習の場ともなり、次世代を育てる教会の働きを行うことが出来ました。

1996年から杉野貢司祭が着任。幼稚園の園長として働かれました。しかし、聖バルナバ幼稚園は、その歴史に幕を閉じることになります。

2002年、平野司祭が松江基督教会から管理されていましたが、2008年から浜田に移動され、牧会を開始されます。平野司祭は在任中に聖バルナバ保育園の園長も勤められ、保育園への働きかけと、教会の信徒の皆さん。特に青年信徒たちの指導に当たられました。

2013年から小林尚明司祭が広島復活教会から管理。佐藤眞一司祭と共に礼拝を守り、2015年4月から山陰伝道区の瀬山会治(えいじ)司祭、杉野達也司祭の協力を得ての牧会が始まりました。その中でも、佐藤司祭は教会の広報活動を中心に奉仕してくださいました。2013年から2015年までの間、定住教役者がいない中、浜田基督教会は、信徒と保育園の皆様によって守られていたのです。そして、2016年4月から瀬山会治司祭の管理の下、浪花朋久執事が教会に定住されました。定住の教役者が置かれたのは、実に3年ぶりのことです。

これによって、教会と保育園が力を合わせて、浜田の地でますます福音を宣べ伝えられることが期待されます。

説教セミナー in 福岡

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 去る10月11日~14日まで日本聖公会九州教区主催の説教セミナー「ベテル・フェローシップ」が福岡で開催され、全国から浪花執事を含め、6名の牧師たちが参加しました。
 参加した牧師たちは、礼拝の中で牧師が聖書の言葉からお話をする「説教」について、有意義に学ぶkとができました。

2016年10月 2日 (日)

教会便り 10月号

イエス探し

 執事 セバスチャン 浪花朋久

 皆さんは「イエス様は、どこにいる?」と質問されたら、どの様に答えるでしょうか。「教会にいるよ」と答えれば「イエス様は、教会という建物の中にしかいなのか」と思われますし、「みんなの心の中にいるよ」と言えば「じゃあ、なんで教会に行くの?」と聞かれるかもしれません。この質問の答え、実は、先のどちらも正解なのですが、イマイチ理解しがたい答えです。漠然とした答えかもしれませんが「色んなところにいる」というのも、一つの正解です。イエス様は、色んなところにいるけど、イエス様に感謝の祈りをおささげする場所が「教会」なのです。

 

ポケモンGO

 7月末に「ポケモンGO」というゲームが話題になりました。自分たちが住む街にいる「ポケモン」と呼ばれるモンスターたちを捕まえるゲームです。多くの人々がこのゲームで、自分たちの街を歩き始めました。「ポケモンGO」をする人々は「自分たちが住んでいる街のどこかにポケモンがいる」と思うと、ワクワクしながら、喜んでポケモンを探しに行きます。

イエス様も私たちの住んでいる街の中におられます。そして、私たちを苦しみから立ち上がらせてくださるため。また、私たちの生活に喜びを与えてくださるために働いておられるのです。しかし、私たちは、そんなイエス様に気づくことなく生活しています。そして「イエス様は○○にしか、いない」と思い込んでしまっているのです。

 

さぁ、出かけよう!

「イエス様は、色んなところにいる」だから、私たちはイエス様が、私たちの生活の中でしてくださる、様々な業や恵みを私たちの街の中に探していくことで、イエス様を見つけることが出来ます。そして、私たちの生活の中で働いておられるイエス様と出会う喜びを、誰かに伝えていくことで、教会で感謝の祈りをおささげることの素晴らしさをより多くの人が知るようになり、私たちも言葉にならない、喜びの中にある教会生活を送ることが出来るのです。

「ポケモンGO」ならぬ「キリストGO」とは言いませんが、イエス様を探しに街の中へ出かけて行ってみませんか。

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