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2016年10月18日 (火)

浜田基督教会 創立から2016年までの歴史

浜田基督教会の伝道の初めは、1882年。エビントン司祭により山下、寺沢の2名が山陰に派遣されました。当初、両氏は真宗僧侶の反対のために宿舎を追われることもありながら、江津(ごうつ)、渡津、浜田で伝道活動を行いました。エビントン司祭は、12月に大阪を船出して広島に上陸。馬や山かごに揺られながら山を越え、江川(ごうのかわ)を船で下り、江津に到着した。広島を出発してから、実に4日の道のりだったそうです(現在では車で約1時間半。約120キロ)。そして、到着後の日曜日。エビントン司祭は、山藤(さんとう)医師ら6名に渡津で洗礼を施します。1883年には、渡津に教会を設立しますが、これは現代のような「建物」としての教会ではなく、自宅での「集会」だったと考えられます。そして、1884年。小割啓四郎が、エビントン司祭により浜田にて受洗。教籍番号一番となります。

1886年蛭子町(えびすちょう)小石宅に浜田教会が設立されます。そこで武家出身の信徒、野島忠ご夫妻が熱心に伝道されました。1887年日本聖公会第一回総会に、西浦康定、野島忠の両氏が石見(いわみ)を代表して出席します。そして、1904年11月16日に浜田市殿町に教会を建て、献堂式を行います。1916年には小池耕造司祭が牧師に着任され、浜田の地で62年間の牧会生活を過ごされました。当時、教会に牧師館がなく、小池司祭家族は教会近くに住居を設けていました。その後、1923年に牧師館が完成し、落成式を行いました。しかし、1943年に浜田で大水害が起こり、教会に大きな被害を受けることになります。復旧作業が続き、教会が復活したのは、水害から実に3年後のことです。後に、この水害が教会移転のきっかけの一つとなります。

1957年。瀬山岩雄司祭が、新居浜より着任します。水害や国道9号線の拡張工事のために、教会の土地が狭くなり、教会は現在の浅井町に移転を決意します。移転地となったのは、浅井町旗竿山の一角で、町が見渡せる場所です。1965年5月に聖別解除式を行い、教会解体が始まりました。その間、主日礼拝は市民会館の会議室で守られました。そして、同年に牧師館起工式を行います。移転地は広く、そこに教会、牧師館、保育園、幼稚園なども建てることになりました。翌年には、まず牧師館が完成。牧師館で礼拝保育が開始されます。そして、1966年6月11日の聖バルナバ日に教会、幼稚園、保育園の起工式、定礎式を行い、1967年8月5日、献堂式、竣工式を行いました。竣工日にちなんで、保育園と幼稚園のそれぞれの名称が「聖バルナバ保育園」「聖バルナバ幼稚園」となりました。幼稚園は1967年4月に開園し、当初は4名の園児で発足されました。保育園も同年8月に設立認可され、当初60名の園児たちからスタートしました。また、新しくなった教会には、殿町の教会に使っていた門柱、色ガラスなどが用いられ、旧教会の面影を残したものとなりました。新しくなった教会では、1972年4月5日にガールスカウト島根第1団発団式が行われました。その際に、広島の嶋田執事夫妻のご指導を頂き、多くの少女たちの指導にあたりました。また、教会では立教大学聖歌隊の夏期キャンプやパプアニューギニアキャンプ、中高生大会などに用いられ、交わりの場として活躍することになります。しかし、1983年4月25日に瀬山司祭が逝去されます。

同年5月15日より、鳴門聖パウロ教会から伊神努司祭が着任されました。そして、1986年には教会創設100年、幼稚園・保育園20年、ガールスカウト15年のお祝い行うことが出来ました。伊神司祭の在任中に、教区の青年交流会が浜田基督教会で行われ、また、神学生たちの実習の場ともなり、次世代を育てる教会の働きを行うことが出来ました。

1996年から杉野貢司祭が着任。幼稚園の園長として働かれました。しかし、聖バルナバ幼稚園は、その歴史に幕を閉じることになります。

2002年、平野司祭が松江基督教会から管理されていましたが、2008年から浜田に移動され、牧会を開始されます。平野司祭は在任中に聖バルナバ保育園の園長も勤められ、保育園への働きかけと、教会の信徒の皆さん。特に青年信徒たちの指導に当たられました。

2013年から小林尚明司祭が広島復活教会から管理。佐藤眞一司祭と共に礼拝を守り、2015年4月から山陰伝道区の瀬山会治(えいじ)司祭、杉野達也司祭の協力を得ての牧会が始まりました。その中でも、佐藤司祭は教会の広報活動を中心に奉仕してくださいました。2013年から2015年までの間、定住教役者がいない中、浜田基督教会は、信徒と保育園の皆様によって守られていたのです。そして、2016年4月から瀬山会治司祭の管理の下、浪花朋久執事が教会に定住されました。定住の教役者が置かれたのは、実に3年ぶりのことです。

これによって、教会と保育園が力を合わせて、浜田の地でますます福音を宣べ伝えられることが期待されます。

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