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2017年2月28日 (火)

教会便り 3月号

黙っていない神

 執事 セバスチャン 浪花朋久

3月1日(水)の大斎始日から大斎節が始まります。大斎節とは、もともと復活日に洗礼を受ける人々の準備期間でした。しかし、ある時代から全てのキリスト者がイエスの荒野の誘惑と十字架を覚えて、復活日までを準備する期間となりました。

沈黙

『沈黙-サイレンス-』という映画が全国で上映されています。原作はカトリック信徒である遠藤周作の『沈黙』です。この物語は、江戸時代初期にフェレイラ神父が日本での宣教活動中に幕府に捕まり棄教(ききょう)したという知らせを聞いた主人公ロドリコ神父がフェレイラ神父を探すと共に、日本の宣教活動を行うために来日する、というものです。しかし、ロドリコが日本で見たものは、キリシタン弾圧下で信仰を守るがゆえに拷問にかけられる人々でした。そして、ロドリコも幕府に捕まり、苦しみの中にある人々が自分の目の前いるにもかかわらず、どうして神様は沈黙しているのか、と祈るのでした。

私たちは、苦しみに合った時にその原因を探ろうとします。「なぜ、自分がこんなに苦しまなければならないのか」と思い、自分を苦しみに追いやった人物や事柄を憎みます。また「自分は神様を信じているのに、どうして苦しみが与えられるのか」と神様を恨み、信仰につまづいてしまうこともあります。現代ではキリスト教迫害ということはありませんが、自分の納得のいかない信仰生活を送らなければならないときに「自分の思いのままにならない」ことへの怒りが憎しみへと変わっていくのです。しかし、神様を信じていても起る苦しみは、あってはならないことなのでしょうか。つまり、私たち人間は生きている限り、様々なかたちの苦しみに必ず合うのです。そして、その苦しみに合うからこそ、イエスは荒野の誘惑を受け、十字架にかかられたのです。

キリストの苦しみ

 神様は、人間が人生の中で必ず苦しみに合った時、自分の力で立ち上がれないことを知っておられます。だから、神様が肉体となったイエスが荒野で40日40夜、断食することで人間の空腹を。十字架にかかることで人間の痛みを。人々からの罵声を受けることで人間の苦しみを神様自身が知ることが出来たのです。つまり、私たち人間の苦しみを神様が一緒に苦しんでくださっているのだから、人生で様々な苦しみに合ったとしても、その苦しみを神様が一緒に苦しんでくださるからこそ、その苦しみに見合った問題の解決が必ず与えられるのです。この確信をもつために私たちは、大斎節にイエスの荒野の誘惑と十字架の死を覚えて、大斎節中の日々を過ごして行ければと思います。

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