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2017年2月 1日 (水)

教会便り 2月号

神様は内!?外!?

 執事 セバスチャン 浪花朋久

23日は節分です。節分と言えば「鬼は外!福は内!」と言いながら、家の内と外に豆をまく、豆まきが連想されます。この豆まきの「鬼は外」は、中国から渡来してきた人々が悪鬼などを追い払うために行った儀式だったそうです。

悪霊と人間

 聖書の中に「鬼」は存在しませんが「悪霊」は登場します。聖書の悪霊は「鬼」のように頭から角が生えているような姿を見せることはありません。悪霊は姿こそ見せませんが、その目的は人間の信頼関係を失わせることです。

マルコ福音書5章1節以下の物語では、レギオンという悪霊が人に取りつき、取りついた人を通して、その関係者との信頼関係を傷つける存在として記されています。レギオンはイエスによって、人から豚に移され崖から湖へ落ちていきました。しかし、この出来事を見た人々は、恐ろしくなりイエスを自分たちの地方から「出て行ってもらいたい」と言い出したのです。ここで言う「恐れる」とは、神の業を見たときに、人間が自分の生活と自分の安全について恐れることを意味しています。つまり、人々は「悪霊は放っておいても問題はないが、神の業は自分たちの生活を崩してしまうのでは?」と恐怖したのです。そのため人々は、悪霊よりもイエスを外へ追い出したのです。しかし、その地方で唯一イエスに従ったのが、悪霊に取りつかれていた人でした。イエスに悪霊から救われた人は、自分の家族に、自分に起こった奇跡をことごとく知らせるのでした。そして、その地方にイエスが神からの救い主だということが広まっていくのでした。

鬼は外!福は内!

私たちが外へ追い出したいものとは、一体なんでしょうか。それは私たちの日常生活にとって、邪魔になるものです。しかし、その邪魔になるものが実はイエスだとしたら、私たちはむしろ「福は外!」と無意識のうちに神を自分たちの外へ追い出してしまっているのかもしれません。悪霊の手口は「自分たちの日常生活を崩したくない」と思った時に私たちの心の中に現われます。自分の日常生活を守る、ということは大切なことです。しかし、生活を守るために誰かを傷つけているとすれば、それこそ悪霊の思うつぼです。自分の日常生活を他者と共に歩んでいける。これが神と人間が一緒に喜び合える神の国であり、福を内に呼ぶ方法なのです。

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