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2017年8月

2017年8月31日 (木)

9月の礼拝・行事予定

3日(日)10:30 聖霊降臨後第13主日

        (聖餐式)

礼拝後:茶話会

10日(日)10:30 聖霊降臨後第14主日

(み言葉の礼拝)

17日(日)10:30 聖霊降臨後第15主日

         (聖餐式)

     礼拝後:茶話会、教会のお勉強会

19日(火)11:00 石見地区牧師・司祭会

         (於:川本)

20日(水)19:00 福音記者聖マタイ記念

         (聖餐式)

 23日(土)10:30 神戸教区主教按手式

         (於:神戸)

24日(日)10:30 聖霊降臨後第16主日

         (聖餐式)

     礼拝後:昼食会、定例教会委員会

29日(金)19:00 聖ミカエル及び諸天使の日

         (聖餐式) 

2017年8月26日 (土)

使徒聖バルトロマイ日 聖餐式の様子

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 8月24日(木)19時から使徒聖バルトロマイ日の聖餐式が執り行われました。
 バルトロマイは、イエス・キリストが自ら選んだ12弟子の一人でイエスが天に昇られた後に様々な国々でイエスのことを伝えるためにインドまで旅した、と言われています。

2017年8月23日 (水)

教会のお勉強会 その3

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8月20日(日)の礼拝後に教会の勉強会を行いました。今年5月から「洗礼と聖餐式」についての学びの時を毎月1回行っています。

今回は「3~5世紀のヨーロッパの教会では、子どもへの洗礼をどの様に行っていたのか」などを学ぶことができました。次回は9月17日(日)の礼拝後を予定しています。


2017年8月 9日 (水)

神戸昇天教会メンバー来浜!

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 8月7日(月)に神戸市にある聖公会の教会、神戸昇天教会の信徒の方々が浜田キリスト教会を訪問されました。

昇天の皆様は、当教会の祭壇や納骨堂を見学され、昇天教会とは違った教会の雰囲気を経験されて帰路につかれました。

2017年8月 8日 (火)

広島平和礼拝2017

 8月5日(土)~6日(日)まで広島平和礼拝2017が広島復活教会を会場に開催され、全国から約180名の方々が参加されました。

Photo_2  5日の午前中は、広島平和公園の碑巡りするグループと広島城近辺にある「大本営跡」を巡るグループに分かれてフィールドワークを行いました。午後からは11才の時、原爆を32km離れた疎開先で体験し、両親と兄が被曝された益田遙氏による被爆証言を聞くことができました。 

02  6日には、広島復活教会で8時から「平和礼拝」を行い8時15分に出席者全員で、原爆で亡くなられた方々の魂の平安をお祈りしました。続いて1030から広島原爆逝去者記念聖餐式が執り行われました。

2017年8月 1日 (火)

教会便り 8月号

助けてください

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

7月5日(水)に浜田市内を大雨が襲いました。幸いなことに教会近隣は何事もなく、信徒の皆さんも無事でした。しかし浜田の西部などでは、大雨によって避難所生活を余儀なくされた方々がおられました。自然災害で家などが被災すると「一人では何も出来ない」ということを痛感します。しかしその反面、「皆が苦しい思いをしているのだから人様に迷惑をかけてはならない」という優しさから、自分の力だけで苦しみを乗り越えようとするのも人間です。

疲れた者、重荷を負う者

新約聖書『マタイによる福音書』では、イエスが「疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。・・・私の軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからだ。」(マタイ112829節)と語られます。ここでいう「疲れた者、重荷を負う者」とは、イエスの時代に定められた法律を守りたくても守れない人々のことを意味しています。人々は法律を守りたくても守れない人の弱点を指摘して裁こうとします。弱点を見つけられるということは、自分が他者と比べて如何に怠っているかを突きつけられることを意味します。この様な現状の中で過ごす人々は、他者に自分の弱点を探られまい、と他者の目を気にしながら生きなければならなかったのです。これは他者に助けを求められないことを意味しています。他者に助けを求めると自分の弱さを他者に見られてしまうからです。そんな時にイエスは「疲れた者、重荷を負う者はわたしのもとに来なさい」と語られたのです。

誰に助けを求めるのか

私たちは自分一人の力で生き、自分を強く見せようとすることで、弱い部分を隠そうとしてしまいます。しかし人間は、ピンチになると一人で生きていけないのが現実です。私たちはこの現実を受け入れ、他者へ助けを求める時に、助けてくれる人と出会うことができるのです。そしてイエスのように、神様と人々が一緒に喜び合えるような生き方が出来るようになるのです。つまり他者に助けを求めることは、神様に助けを求めることなのです。

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