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2017年8月 1日 (火)

教会便り 8月号

助けてください

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

7月5日(水)に浜田市内を大雨が襲いました。幸いなことに教会近隣は何事もなく、信徒の皆さんも無事でした。しかし浜田の西部などでは、大雨によって避難所生活を余儀なくされた方々がおられました。自然災害で家などが被災すると「一人では何も出来ない」ということを痛感します。しかしその反面、「皆が苦しい思いをしているのだから人様に迷惑をかけてはならない」という優しさから、自分の力だけで苦しみを乗り越えようとするのも人間です。

疲れた者、重荷を負う者

新約聖書『マタイによる福音書』では、イエスが「疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。・・・私の軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからだ。」(マタイ112829節)と語られます。ここでいう「疲れた者、重荷を負う者」とは、イエスの時代に定められた法律を守りたくても守れない人々のことを意味しています。人々は法律を守りたくても守れない人の弱点を指摘して裁こうとします。弱点を見つけられるということは、自分が他者と比べて如何に怠っているかを突きつけられることを意味します。この様な現状の中で過ごす人々は、他者に自分の弱点を探られまい、と他者の目を気にしながら生きなければならなかったのです。これは他者に助けを求められないことを意味しています。他者に助けを求めると自分の弱さを他者に見られてしまうからです。そんな時にイエスは「疲れた者、重荷を負う者はわたしのもとに来なさい」と語られたのです。

誰に助けを求めるのか

私たちは自分一人の力で生き、自分を強く見せようとすることで、弱い部分を隠そうとしてしまいます。しかし人間は、ピンチになると一人で生きていけないのが現実です。私たちはこの現実を受け入れ、他者へ助けを求める時に、助けてくれる人と出会うことができるのです。そしてイエスのように、神様と人々が一緒に喜び合えるような生き方が出来るようになるのです。つまり他者に助けを求めることは、神様に助けを求めることなのです。

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