« 10月の礼拝・行事予定 | トップページ | 伝道区修養会 in 浜田 »

2017年9月30日 (土)

教会便り10月号

カウントダウン

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 先日、スーパーへ買い物に行った時に、「広島カープ、リーグ優勝までマジック1」という看板を見つけました。プロ野球のチームが優勝すると安売りをするということです。優勝のタイムリミットは勝利1つ。しかし、天候によって試合が延びたり、負けが続いてしまえば優勝の時間も延びてしまいます。短いようで長い「タイムリミット」が私たちの生活の中にもあるのです。(ちなみに広島カープは9月18日に優勝しました。)一方、人間は生まれたその日から人生のカウントダウンが始まります。若い時は、まだ来ないであろう「終わりの時」を考えずに毎日を過ごしますが、年を重ねることで人生のカウントダウンを意識しすぎてしまうこともあります。

再び来られるキリスト

新約聖書『使徒言行録』第1章11節に、「あなたがたから離れて天にあげられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」と記されています。天に昇られたイエス・キリストは、再びこの世界にやってくると言うことです。しかし、それがいつなのかはわかりません。当時の人々は、イエスがいつ来るのか分からないこと対して、自分が生きている間にイエスが再びこの世界に来るのだろうか、と不安を感じるようになりました。教会のリーダーの一人である使徒聖パウロは、イエスが再び来られるときは「盗人が夜やってくるよう」(Ⅰテサロニケ第5章2節)と喩えて、「イエスが突然来る」と人々に伝えています。また、イエスが来られる前に世を去った人々のことについては、「神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。」(同4章14節)と語ります。つまりイエスを救い主だ、と信じて世を去ったとしても、イエスが再びこの世界に来られるときに世を去った人々も復活して、生きている人と共にイエスに出会うことができる、ということです。

「今」と「未だ」の間

 人間は、「今」と「未だ」の間を生きることで自分に必要なことを探します。この間を焦りながら生きる必要はありません。神様は、私たちに準備の時間を与えてくださっています。だからイエスは「まだ」来られないのです。突然来られるイエスを前にしても、「あぁ、これでよかったのだ」と自分だけではなく、他者と一緒に喜び合える人生を送ることが、イエス様に会うために必要な生き方なのです。イエス様が再び来られる日までのタイムリミットを満喫しながら生きていければ、と思います。

« 10月の礼拝・行事予定 | トップページ | 伝道区修養会 in 浜田 »

3.牧師より」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1178117/71763638

この記事へのトラックバック一覧です: 教会便り10月号:

« 10月の礼拝・行事予定 | トップページ | 伝道区修養会 in 浜田 »