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2019年1月 4日 (金)

教会便り2019年1月号

素晴らしいところ

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 先日、TVドラマで主人公が「あなたの凄いところ100個言えます。」と語る場面を見ました。その内容は、挨拶をしてくれる、御礼を言ってくれる、など私たちにとって当たり前のことばかりです。主人公もそのことを指摘されますが、「当たり前のことは凄くないのですか?」と問い返し「当たり前が凄い」という私たちと違った見方をしていることを語ります。私たちの生活において当たり前になっていることの中には、人の凄いところ、言い換えるなら素晴らしいところがたくさんあることに気づかされました。

「当たり前」という呪縛

 新約聖書『ルカによる福音書』第2章8節以下に記されているクリスマス物語では、天使によって羊飼いたちに救い主誕生の知らせが伝えられます。聖書の時代、羊飼いは毎日昼夜問わず羊の番をしなければなりませんでした。羊の食料である草や水を求めて移動するので、定住することは出来ません。ところで、安息日に必ず神様を礼拝するということが当時の法律で定められていました。そのために安息日には、必ず仕事を休まなければなりません。しかし羊飼いたちは、羊の世話を毎日しなければならいので仕事を休むことはできません。つまり法律を守りたくても守れなかったのです。そのため人々は、当たり前のことができない羊飼いを忌み嫌いました。しかし羊飼いたちにとっては、当たり前のことができるということが凄いことだったのです。しかし常識は、羊飼いたちを何一つ守ってくれませんでした。そんな羊飼いたちに、救い主誕生の知らせが最初に届いたのです。

「当たり前」は、時に人を傷つけます。私たちの「当たり前」は、本当に出来て当然のことなのでしょうか。キリストは、当たり前のことが出来ない人々を招きました。つまり私たちの当たり前は、神様にとって当たり前ではないのです。それは「当たり前」ではなく、「素晴らしい」ことなのです。

見つけるだろう

羊飼いたちは、天使のお告げの後に飼い葉桶に寝かされた救い主キリストを見つけ出します。私たちは、素晴らしいものを見つける力を神様から与えられています。しかしその力を「悪い部分」を見つける方ばかりに使っていることがあります。この世の当たり前は、素晴らしいことです。当たり前のことを出来ない人が悪いのではなく、出来るように共に歩むことで素晴らしさは増していくはずです。

私たちに与えられている素晴らしいことを見つける力を、存分に用いることが出来るように2019年を歩んで参りましょう。

 

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