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2019年2月 1日 (金)

教会便り2月号

歳をとる

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 1月17日に、神戸で行なわれた阪神大震災追悼礼拝に出席しました。私自身も被災者ということもあり、毎年参加しています。あれから24年の時が経ちました。ということは、24歳以下の人々は阪神大震災を「他者から聞く世代」ということになります。このことを知った時に自分も歳をとったなと思いましたが、同時に年齢を重ねていくにつれ自分が経験したことが過去のものとなっていくことを痛感しました。喪失感に似たこの感覚は、良くも悪くも自分が歳をとった証拠なのだと思います。

 ところで皆さんは、「歳をとる」と聞くと良い意味で捉えますか、それとも悪い意味で捉えますか。

シメオンの願い

 聖書の物語には、様々な世代の主人公たちが登場します。その中でも新約聖書『ルカによる福音書』に登場するシメオンは、聖霊から神様が遣わす救い主と出会うまでは決して死なないというお告げを受けていました。高齢になったシメオンにとって、人生最後の希望は救い主と出会うことだったのです。私たちは、救い主キリストが十字架にかかって死に、その3日後に復活したことを知っていますが、シメオンは救い主がどの様な人物かを全く知りません。それでも彼は、年老いながらも救い主を待ち続けたのです。そしてイエス様が両親によって神殿でささげられた日(被献日)に、彼は希望であった救い主イエス様と出会えたのです。この時にシメオンが語った言葉が「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、僕を安らかに去らせてくださる。」(ルカ2:29)です。シメオンには、長い人生の中で様々な楽しみや希望、使命感があったはずですが、その最後の希望が幼子イエス様でした。しかもイエス様に何かして欲しいのではなく、ただ出会えたことが喜びだったのです。人生経験が豊富なシメオンは、神様からの希望を今まで経験したことがなったのです。

人生の希望

 生活の中で喪失感ばかりが増えていくと、「早くお迎えが来て、ポックリいきたいという望みを持つようになる」ということをしばしば耳にします。人生は長く辛いものかもしれません。しかし希望もあるはずです。希望は、私たちが思い描いたものだけではありません。私たちが想像もしないような希望が何歳になっても必ず与えられているのです。それがキリストとの出会いです。シメオンは、キリストと出会うまで待ち続けました。私たちは、何を待ち続けながら人生の希望を見出せるのでしょうか。

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