« 3月の礼拝・行事予定 | トップページ | 大斎節(四旬節/レント)が始まりました »

2019年3月 1日 (金)

教会便り3月号

弱さを知る

 司祭 セバスチャン 浪花朋久

 自分の弱い部分を他人に見せることは、滅多にありません。それは家族や愛する人の前でも同じです。なぜなら「弱さ」は、私たちにとって恥だからです。愚痴や弱音を吐くと「甘ったれるな」「我慢が足りない」と、弱い自分が悪いと言わんばかりの答えが返ってくる時代もありました。だから他人に弱さを見せないように、または弱いと思われないように日々を送る人もいます。自分の弱さが他人に見つかりそうになった時は、他人を攻撃したり、自分のテリトリーからその人を排除すれば弱さが知られることはありません。しかし私たちは、弱いのです。どう頑張っても、弱さや限界が必ず私たちのもとへやって来るのです。

神の限界

 今年の教会の暦では、3月6日から大斎節が始まります。大斎節は、洗礼の準備期間であり、イエス・キリストの荒野の誘惑を覚えて過ごす日曜日を除く40日間です。

新約聖書『ルカによる福音書』第4章には、イエスが荒野で40日間悪魔の誘惑を受けられたことが記されています。イエスは神の子ですから、神様の能力を全て持っていらっしゃるはずです。そんなイエスが、なぜ荒野で40日間悪魔の誘惑を受けられたのでしょうか。神様には限界がありませんが、人間には限界があります。お腹が空けば食べたくなりますし、眠くなれば眠りたくなります。また苦しい時に一人で乗り越えられる力があると信じていても、実際は誰かの助けがなければ生きていけません。それが人間なのです。この人間の限界を知るために、イエスは身を持って人間の限界を経験されたのです。つまりイエスは、なぜ人間が弱さを受け入れられないのかを悪魔の誘惑において経験されたのです。これは、見方を変えれば私たちが誰にも知られたくない弱さを神様が誰よりも理解してくださっているということです。

自分に克つ

 人間にとって最大の誘惑は、自分を強いと思い込み、それを誇示することです。一人で生きていける人間こそ強い人間であり、もしそれが正しいのであれば、この世界には強い人間一人だけしか生き残ることは出来ません。それは、自分以外の誰も必要ないからです。しかし現代社会であっても、一人で生きている人はいません。いるとすれば、それは「一人でしか生きられない状態」なのです。誰にも助けを求められない、まさに弱い状態です。私たちは、自分の弱さを強さで覆い隠すのではなく、弱さを受け入れることで他人と喜び合える人生を歩んでいけるのです。

« 3月の礼拝・行事予定 | トップページ | 大斎節(四旬節/レント)が始まりました »

3.牧師より」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教会便り3月号:

« 3月の礼拝・行事予定 | トップページ | 大斎節(四旬節/レント)が始まりました »