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2019年9月

2019年9月30日 (月)

10月号の礼拝・行事予定

 5日(土)~6日(日)山陰伝道区修養会(松江)

 6日(日) 9:30 山陰伝道区合同聖餐式(松江)

       10:30 聖霊降臨後第17主日 み言葉の礼拝

               10:40 山陰伝道区会(松江)

 7日(月) 9:15 保育園誕生日礼拝

13日(日)10:30聖霊降臨後第18主日 み言葉の礼拝

20日(日)10:30聖霊降臨後第19主日 聖餐式

27日(日)10:30聖霊降臨後第20主日 聖餐式

 

※み言葉の礼拝とは、信徒でささげる礼拝です。

2019年9月24日 (火)

主教巡回日

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 9月22日(日)、当教会に小林尚明主教をお迎えして聖餐式を執り行いました。礼拝後には、主教ご夫妻を囲んでの昼食会が行なわれました。

 

※主教とは

日本聖公会は、「教区」という管轄区に分かれており「教区」を代表する聖職者のことを「主教」と呼んでいます。

2019年9月19日 (木)

石見地区牧師・司祭会

  Img_0349 9月10日(火)に石見地区牧師・司祭会が、キリスト教愛真高校を会場に行なわれました。今回は、同校校長の栗栖先生から学校の歴史や、学校での生活についてお話を伺うことが出来ました。

2019年9月 1日 (日)

教会便り9月号

真のほれ込み

  司祭 セバスチャン 浪花朋久

 「ほれ込み」という言葉を耳にしたことがあると思います。この言葉は、主に恋愛や趣味に没頭する時に用いられますが、「ほれ込み」は、その対象を過大評価することがあります。ほれ込んだものを実際以上に過大評価してしまい、対象の問題を一切受け入れられない状態になるのです。ほれ込んだ対象への愛が深ければ深いほど、対象に問題があっても批判的な意見を受け入れられないので、対象の問題が解決されないのが「ほれ込み」の問題点ということになります。

ほれ込んだ弟子たち

 イエス・キリストの弟子たちも、イエスにほれ込んでいたことが新約聖書を読んでいると分かります。弟子のリーダーであるペトロは、イエスがユダヤ地方の王様になり、ユダヤ地方を支配するローマ帝国から独立してくださると信じていました。しかしイエスは、王様になるどころか十字架にかけられて殺されてしまいます。神様にとって、イエスが十字架にかかることが人間を救うために必要だったからです。新約聖書『マタイによる福音書』第16章では、イエスが、ご自分が十字架にかかることを弟子たちに予告されました。しかしペトロは、イエスから十字架の予告を聞いても「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」と逆にイエスをいさめ始めます。このペトロの行動にイエスは、「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」とペトロを叱ります。その後、イエスが十字架にかかったことによって、弟子たちのほれ込みは打ち砕かれたのです。ほれ込んでいるイエスの姿と神様から見たイエスの姿が一致していなければ、たとえイエスの救いが与えられていてもそれに気づくことがないということです。

間違いに気づく

 何かにほれ込むことは、決して悪いことではありません。しかし、ほれ込みによって間違いを受け入れざるを得ない場合、大いに傷ついてしまいます。私たちは、自分の弱さや間違いを受け入れることがなかなかできません。しかし間違いを受け入れていくことによって、私たちを如何なる苦しみや悲しみ、痛みからも解放してくださるイエスの救いが与えられていることに気づくことが出来るのです。

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